R-POPSのスター
Cocco (ココ)
Cocco(1977年1月19日?)は、シンガーソングライター、絵本作家。
沖縄県那覇市出身。O型。
沖縄芝居役者の真喜志康忠は祖父にあたる。本名は非公開。
エモーショナルな楽曲と歌唱力もさることながら、まるで絵本を読むかのような独自の世界観が人気を呼んでいます。
1996年11月21日、シングル「Cocko」でタワーレコードのbounceレーベルからインディーズデビュー。日米両国でリリースされました。
それ以後、数々のヒット曲を生み出すが、2001年4月から2004年まで活動を中止。
2006年に活動を再開、6月にニューアルバム「ザンサイアン」をリリース、
夏には6年ぶりの全国コンサートツアーを行いました。
同年12月には、8月の行われたCoccoならではのユニークなイベント
「沖縄ゴミゼロ大作戦ワンマンライブスペシャル2206」を収めた写真集を発売しました。
絵本作家として絵本も出版しています。
Kiroro(キロロ)
Kiroroは中頭郡読谷村(なかがみぐんよみたんそん)出身の
女性デュオ。kiroroという言葉は、旅行先の北海道で知った
美しい地名からとりました。アイヌ語です。
玉城千春(たましろ ちはる)1977年4月17日生まれ。(写真右)
ボーカル担当
金城綾乃(きんじょう あやの)1977年8月15日生まれ。(写真左)
キーボード担当
読谷(よみたん)高校の同級生だった2人は、卒業後1996年にインディーズデビューし、
沖縄限定で発売されたインディーズデビュー曲『長い間』は約1万枚を売り上げました。
1998年1月に『長い間』でメジャーデビューすると、同年から3年にわたり
紅白歌合戦に出場を果たしました。この曲はオリコン初登場13位でしたが、
有線やラジオなどで多く聞かれ、登場9週目にしてオリコン1位を獲得しました。
グループによるノンタイアップのデビュー曲のオリコン1位はあみんの「待つわ」
以来17年ぶりの快挙でした。その後もロングセラーと続け、登場17週目で
ミリオンセラー達成、結局累計120万枚以上の大ヒットとなりました。
紅白歌合戦にも出場しました。
「Best Freind」は、2001年6月6日発売の10thシングル。
NHK朝の連続テレビドラマ小説『ちゅらさん』の主題歌として、久々のヒットとなりました。
オリコン最高5位・累計29万枚以上のヒットでした。
2005年、2人とも沖縄出身の男性と結婚、ママになっても活動を続けています。
D-51 (ディー・ゴー・イチ)
D-51は、YUとYASUの二人からなるJ-POP男声デュオ。
(公式サイトより)
メンバーは、
YU(上里優)、1983年11月9日生まれ。 宜野湾(ぎのわん)市出身。
YASU(吉田安英)、1982年4月6日生まれ。那覇市出身。両親、
兄が民謡歌手の音楽一家。
2003年6月に沖縄県北谷町(ちゃたんちょう)美浜のカーニバルパークでストリートライブをスタート。
2004年7月7日、シングル『TOP OF THE SUMMER』でメジャーデビューしました。
2005年、シングル『NO MORE CRY』がドラマ『ごくせん』の主題歌となり、オリコン最高2位・40万枚以上の大ヒットを記録しました。
地元の小中学校で、防犯ポスターのモデルになったD-51に会うことができます。
Orangerange (オレンジレンジ)
沖縄の米軍・嘉手納基地近くの「コザ」(沖縄市)に在住する5人組
ロックバンド。
オフィシャルサイトより
メンバーは上から時計回りにRYO(Low VOX), NAOTO(Guiter),
HIROKI (Mid VOX), YOH(Bass), YAMATO(High VOX)
インディーズの頃は、地元沖縄を中心にストリートライブなど数多くのライブを行い、
着実に動員を増やし話題騒然となりました。
2003年3月に「キリキリマイ」でメジャーデビュー。
同年7月にリリースした2ndシングル「上海ハニー」は、その楽曲をマスコミに高く評価され、
ノンタイアップにも関わらずブレイクのきっかけとなりました。
2004年2月にリリースした5thシングル「ミチシルベ a road home」は、初めてオリコン
シングルチャート初登場1位を獲得。
2006年5月にリリースした13thシングル「チャンピオーネ」まで、9作連続オリコン
シングルチャート連続1位となりました。
デビュー以来現在まで、シングル14作・アルバム3作・リミックスアルバム1作・DVD3作をリリース、
その合計売上出荷枚数は、約1,200万枚にも及び、「モンスターバンド」と言われるようになりました。
ライブもインディーズ時代から評価が高く、どの会場でもツアーチケットは
即日完売になる人気ぶりで、毎回まさに「プレミアライブ」となっています。
HY(エイチワイ)
HY(エイチワイ)は、男性4人・女性1人のミクスチャーバンド。
メンバー全員沖縄県うるま市出身。

HY公式サイト
「HY」というバンド名の由来は、うるま市の与那城「東屋慶名(ひがしやけな)」のイニシャルから。
2000年結成以来、インディーズシーンで活躍。
個人レーベル“東屋慶名建設”所属
メンバーは、
新里 英之。1983年4月12日 生まれ。ギター、ボーカルとラップを担当。
通称「ひーで」
名嘉 俊。1983年5月10日 生まれ。ドラムとラップを担当。通称「しゅん」
作詞・作曲のときは「TUN」
許田 信介。1983年7月17日 生まれ。ベース担当。通称「しんちゃん」
仲宗根 泉。1983年11月1日 生まれ。キーボードとボーカルを担当。
通称「いーず」
宮里 悠平。1984年1月2日 生まれ。ギターを担当。通称「ゆーへい」
2001年、初のミニアルバム『Departure』でデビュー。
当初は沖縄限定発売でしたが、沖縄での圧倒的な人気から
全国で発売されるようになりました。
2003年、セカンドアルバム『Street Story』をリリース。
インディーズでは異例の4週連続オリコンチャート1位を記録。
2004年に発売された3枚目のアルバム『TRUNK』も前作に続いて
オリコンチャートで1位を獲得。これらの記録はインディーズとしては史上初の快挙となりました。
同年にはリンキン・パークの来日公演のオープニングアクトを務め、初のホールツアー「ITTA SOMUN'04 TOUR そこにあるべきもの」を実現しました。
2005年、『Departure』のリードトラック『ホワイトビーチ』がコカコーラのキャンペーンCMソングに
採用されると、さらにファン層を拡げるきっかけになりました。
コカコーラのキャンペーンで「ANSHI COKE NONJOHNBAR RASSAI!! '05 TOUR」を開催しました。
2006年には全47都道府県を巡るツアー、「WATTA SHINKER '06 TOUR mu-ruiinchu」を展開。
そして4枚目のアルバム『Confidence』をリリースし、初回5万枚限定アルバムも発売すると
このアルバムも、オリコンチャートでは2位以下を引き離し、初登場1位を獲得。
これで3枚連続初登場オリコンチャート1位はまたもやインディーズ史上初の快挙になりました。
マイペースを貫くリリーススタイルも幸いしているのか、確固たる人気を維持しています。
また、その後、「HY 2006 KUMAKARA AMAE TOUR」を開催。武道館、大阪城ホールで
ワンマンライブを開催しました。
2007年3月には、カナダ・アメリカツアーも決定し、トロント、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、オースティン、ロサンゼルス、サンフランシスコの計7都市でもコンサートを開き、好評を博しました。
MONGOL800(モンゴル はっぴゃく)
MONGOL800は、浦添市出身の男性三人のロックバンドです。
音楽ジャンルはメロディックハードコア。略称は「モンパチ」。
ライオン「TOP」のCMにて使用された「あなたに」が代表曲です。
そのほか「琉球愛歌」や「矛盾の上に咲く花」等、反戦・平和をテーマとした曲が多いです。
ライブでの入場曲は上々颱風の「愛より青い海」。
メンバーは、
江洌 清作(うえず きよさく)1981年2月15日 生まれ。
ヴォーカルとベースを担当
儀間 崇(ぎま たかし)1980年10月9日 生まれ。 エレキギター担当
?里 悟(たかざと さとし)1980年8月17日 生まれ。 ドラム担当
2002年にアルバム「MESSAGE」が、インディーズながらオリコンアルバムチャートで1位を獲得、そしてインディーズとしては前代未聞の260万枚以上を売り上げ、大きな話題となりました。
一躍、日本におけるメロコアの代表格と位置づけられ、と同時に沖縄出身のアーティストが大きな注目を浴びることなります。
また同年、NHKから「紅白歌合戦」への参加を依頼されるが、これをことわり、その年の大晦日は沖縄の小さなライブハウスで、年越しライブを行ないました。
2003年4月にはイタリアでのライブが成功。
2004年初となる、全国47都道府県ツアーMONGOL800全国 PARTY!! 百々2004を開催しました。
2005年3月にはマカオ、11月にはロサンゼルスにてライブを行い、8月には東京・大阪でMONGOL800 ga LIVE、10月には大阪・愛知・北海道・宮城・東京・福岡でMONGOL800 ga LIVE 2というミニツアーを実施。
2006年2年5ヶ月ぶりのアルバム「Daniel」に伴う全国47都道府県ツアーMONGOL800 Daniel's TOUR 2006を実現しました。
りんけんバンド
りんけんバンドは、1977年にリーダーの照屋林賢が結成して以来、三線や島太鼓などの沖縄の伝統楽器にドラム、キーボードやベースの現代的な楽器を巧みに融合させた、「沖縄ポップ」といわれる新しい音楽スタイルを確立したグループ。
オリジナルの全楽曲を林賢が作・編曲し、それらの詩曲を歌うのが上原知子です。
ポップで力強く、心躍る沖縄特有のリズム。清らかで美しく、心地よいメロディと歌声。
歌詞はすべてウチナーグチと呼ばれる沖縄方言で歌われ、カラフルなコスチュームで勇壮な“エイサー”が踊られるステージは、華やかそのものです。そして、観客と一体となって繰りひろげられる“カチャーシー”は、南国の熱気一色。
沖縄の言葉と伝統芸能を土台に、「なんくる(自然なまま)」に、そして自由奔放、個性的な音楽の世界を広げています。
ところで、最近沖縄を訪れる修学旅行生の見学コースに、ライブハウス「カラハーイ」が注目されています。このライブハウスは、那覇市から北へ車で30分ほどにある北谷町(ちゃたんちょう)にあり、りんけんバンドのホームグランドのようなところです。
ここで、ライブを見た生徒たちの感想はこうです。
・言葉は分からなくても音楽で通じることを学んだ。
・飾ってなくてありのままなのが気持ちよい。
・自分たちの文化に誇りを持っていると感じた。それが素晴らしい。
・今まで聞いたことのない、新しい音楽だけど、どこか懐かしい感じ。
りんけんバンドの音楽を聞いて、沖縄音楽の面白さを感じてくれたらいいなあと思います。
