活動の拠点は沖縄

屋良文雄(やらふみお)

1940年那覇市出身。沖縄ジャズ界の草分け。
屋良文雄

琉球大学在学中から米軍基地内でジャズピアニストとして活躍。

当時の沖縄の人口は現在の半分程の60万人。そこに25万の米兵が住み暮らしていたそう。
そこで何と沖縄ジャズマンが400-500名でしのぎを削っていました。

以前ラジオで聞いたのですが、米兵キャンプのライブハウスといっても、
兵士から幹部クラス用とレベル別に分かれていました。
屋良さんはギャラの高い幹部用クラブのトップで活躍していたそうです。

やがて1972年に沖縄が日本に復帰すると、屋良さんまでもあっさり解雇され、家族4人で渡米。
「ピアノしかできないからね」とひょうひょうとした語り口に激動の半生を感じました。

現在、那覇市にあるライブハウス「寓話」で、オーナー兼ピアニストとしてライブ活動をしています。
スタンダードから沖縄民謡をアレンジしたジャズまで、彼のピアノを存分に堪能できます。

2007年沖縄タイムス芸術選賞大賞を受賞。



MONGOL800(モンゴルハッピャク)

MONGOL800は、浦添市出身の男性三人のロックバンドです。
音楽ジャンルはメロディックハードコア。略称は「モンパチ」。

モンゴル800
(管理人が最近聴いた、アルバム「MESSAGE」)
モンゴル800オフィシャルサイトはこちら。

ライオン「TOP」のCMにて使用された「あなたに」が代表曲です。
そのほか「琉球愛歌」や「矛盾の上に咲く花」等、反戦・平和をテーマとした曲が多いです。
ライブでの入場曲は上々颱風の「愛より青い海」。

メンバーは、
江洌 清作(うえず きよさく)1981年2月15日 生まれ。
ヴォーカルとベースを担当 
儀間 崇(ぎま たかし)1980年10月9日 生まれ。 エレキギター担当
?里 悟(たかざと さとし)1980年8月17日 生まれ。 ドラム担当

2002年にアルバム「MESSAGE」が、インディーズながらオリコンアルバムチャートで1位を獲得、そしてインディーズとしては前代未聞の260万枚以上を売り上げ、大きな話題となりました。

一躍、日本におけるメロコアの代表格と位置づけられ、と同時に沖縄出身のアーティストが大きな注目を浴びることなります。

また同年、NHKから「紅白歌合戦」への参加を依頼されるが、これをことわり、その年の大晦日は沖縄の小さなライブハウスで、年越しライブを行ないました。

2003年4月にはイタリアでのライブが成功。

2004年初となる、全国47都道府県ツアーMONGOL800全国 PARTY!! 百々2004を開催しました。

2005年3月にはマカオ、11月にはロサンゼルスにてライブを行い、8月には東京・大阪でMONGOL800 ga LIVE、10月には大阪・愛知・北海道・宮城・東京・福岡でMONGOL800 ga LIVE 2というミニツアーを実施。

2006年2年5ヶ月ぶりのアルバム「Daniel」に伴う全国47都道府県ツアーMONGOL800 Daniel's TOUR 2006を実現しました。

2007年夏には、沖縄本島とその周辺の島々をまわる
「MONGOL800 沖縄・奄美 トロピカルツアー'07」を行いました。

船や飛行機を駆使(?)して、小さな島々を機材とともにまわりながら、
ライブを楽しむ様子が、NHKの番組「プレミアム10」で放映されました。

これが大反響だったらしく、再々放送もあったとか。

奥田民夫の久々のソロアルバムに参加したりと、
大活躍のモンパチです。




HY(エイチワイ)

HY

HY公式サイト

「HY」というバンド名は、うるま市の与那城「東屋慶名(ひがしやけな)」のイニシャルに由来しているそう。

2000年結成以来、インディーズシーンで活躍。
個人レーベル“東屋慶名建設”所属

メンバーは、
新里 英之。1983年4月12日 生まれ。ギター、ボーカルとラップを担当。
通称「ひーで」
名嘉 俊。1983年5月10日 生まれ。ドラムとラップを担当。通称「しゅん」
作詞・作曲のときは「TUN」
許田 信介。1983年7月17日 生まれ。ベース担当。通称「しんちゃん」
仲宗根 泉。1983年11月1日 生まれ。キーボードとボーカルを担当。
通称「いーず」
宮里 悠平。1984年1月2日 生まれ。ギターを担当。通称「ゆーへい」

2001年、初のミニアルバム『Departure』でデビュー。
当初は沖縄限定発売でしたが、沖縄での圧倒的な人気から
全国で発売されるようになりました。

2003年、セカンドアルバム『Street Story』をリリース。
インディーズでは異例の4週連続オリコンチャート1位を記録。

2004年に発売された3枚目のアルバム『TRUNK』も前作に続いて
オリコンチャートで1位を獲得。これらの記録はインディーズとしては史上初の快挙となりました。
同年にはリンキン・パークの来日公演のオープニングアクトを務め、初のホールツアー「ITTA SOMUN'04 TOUR そこにあるべきもの」を実現しました。

2005年、『Departure』のリードトラック『ホワイトビーチ』がコカコーラのキャンペーンCMソングに
採用されると、さらにファン層を拡げるきっかけになりました。

コカコーラのキャンペーンで「ANSHI COKE NONJOHNBAR RASSAI!! '05 TOUR」を開催しました。

2006年には全47都道府県を巡るツアー、「WATTA SHINKER '06 TOUR mu-ruiinchu」を展開。
そして4枚目のアルバム『Confidence』をリリースし、初回5万枚限定アルバムも発売すると
このアルバムも、オリコンチャートでは2位以下を引き離し、初登場1位を獲得。

これで3枚連続初登場オリコンチャート1位はまたもやインディーズ史上初の快挙になりました。

マイペースを貫くリリーススタイルも幸いしているのか、確固たる人気を維持しています。
また、その後、「HY 2006 KUMAKARA AMAE TOUR」を開催。武道館、大阪城ホールで
ワンマンライブを開催しました。

2007年3月には、カナダ・アメリカツアーも決定し、トロント、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、オースティン、ロサンゼルス、サンフランシスコの計7都市でもコンサートを開き、好評を博しました。

ボーカルのいーずは、詩集を出版するなど活動の幅を広げています。




orangerange(オレンジレンジ)

沖縄の米軍・嘉手納基地近くの「コザ」(沖縄市)に在住する5人組
ロックバンド。
オレンジレンジ
orangerangeオフィシャルサイト

いまや、沖縄を代表するミュージシャンオレンジレンジですが、
活動の拠点はずっと沖縄です。仕事のあるたびに東京へ「出かけていく」(彼らの言葉)
スタイルを守り続けています。

インディーズの頃は、地元沖縄を中心にストリートライブなど数多くのライブを行い、
着実に動員を増やし話題騒然となりました。

2003年3月に「キリキリマイ」でメジャーデビュー。
同年7月にリリースした2ndシングル「上海ハニー」は、その楽曲をマスコミに高く評価され、
ノンタイアップにも関わらずブレイクのきっかけとなりました。

2004年2月にリリースした5thシングル「ミチシルベ a road home」は、初めてオリコン
シングルチャート初登場1位を獲得。

2006年5月にリリースした13thシングル「チャンピオーネ」まで、9作連続オリコン
シングルチャート連続1位となりました。

デビュー以来現在まで、シングル14作・アルバム3作・リミックスアルバム1作・DVD3作をリリース、
その合計売上出荷枚数は、約1,200万枚にも及び、「モンスターバンド」と言われるようになりました。

ライブもインディーズ時代から評価が高く、どの会場でもツアーチケットは
即日完売になる人気ぶりで、毎回まさに「プレミアライブ」となっています。



D-51(ディーゴーイチ)

D-51は、YUとYASUの二人からなるJ-POP男声デュオ。
D-51
D-51オフィシャルサイト

メンバーは、
YU(上里優)、1983年11月9日生まれ。 宜野湾(ぎのわん)市出身。
YASU(吉田安英)、1982年4月6日生まれ。那覇市出身。両親、
兄が民謡歌手の音楽一家。

2003年6月に沖縄県北谷町(ちゃたんちょう)美浜のカーニバルパークでストリートライブをスタート。

2004年7月7日、シングル『TOP OF THE SUMMER』でメジャーデビューしました。

2005年、シングル『NO MORE CRY』がドラマ『ごくせん』の主題歌となり、オリコン最高2位・40万枚以上の大ヒットを記録しました。

地元の小中学校で、防犯ポスターのモデルになったD-51に会うことができます。




Cocco(ココ)

Cocco(1977年1月19日?)は、シンガーソングライター、絵本作家。
沖縄県那覇市出身。O型。
沖縄芝居役者の真喜志康忠は祖父にあたる。本名は非公開。

CoccoCoccoオフィシャルサイトより

エモーショナルな楽曲と歌唱力もさることながら、まるで絵本を読むかのような独自の世界観が人気を呼んでいます。

1996年11月21日、シングル「Cocko」でタワーレコードのbounceレーベルからインディーズデビュー。日米両国でリリースされました。

それ以後、数々のヒット曲を生み出すが、2001年4月から2004年まで活動を中止。
2006年に活動を再開、6月にニューアルバム「ザンサイアン」をリリース、
夏には6年ぶりの全国コンサートツアーを行いました。

同年12月には、8月の行われたCoccoならではのユニークなイベント
「沖縄ゴミゼロ大作戦ワンマンライブスペシャル2206」を収めた写真集を発売しました。
絵本作家として絵本も出版しています。



Kiroro(キロロ)

Kiroroは中頭郡読谷村(なかがみぐんよみたんそん)出身の
女性デュオ。kiroroという言葉は、旅行先の北海道で知った
美しい地名からとりました。アイヌ語です。

キロロ
玉城千春(たましろ ちはる)1977年4月17日生まれ。
(写真右)ボーカル担当
金城綾乃(きんじょう あやの)1977年8月15日生まれ。
(写真左)キーボード担当

読谷(よみたん)高校の同級生だった2人は、卒業後1996年にインディーズデビューし、
沖縄限定で発売されたインディーズデビュー曲『長い間』は約1万枚を売り上げました。

1998年1月に『長い間』でメジャーデビューすると、同年から3年にわたり
紅白歌合戦に出場を果たしました。この曲はオリコン初登場13位でしたが、
有線やラジオなどで多く聞かれ、登場9週目にしてオリコン1位を獲得しました。

グループによるノンタイアップのデビュー曲のオリコン1位はあみんの「待つわ」
以来17年ぶりの快挙でした。その後もロングセラーと続け、登場17週目で
ミリオンセラー達成、結局累計120万枚以上の大ヒットとなりました。
紅白歌合戦にも出場しました。

「Best Freind」は、2001年6月6日発売の10thシングル。
NHK朝の連続テレビドラマ小説『ちゅらさん』の主題歌として、久々のヒットとなりました。
オリコン最高5位・累計29万枚以上のヒットでした。

2005年、2人とも沖縄出身の男性と結婚、ママになっても活動を続けています。



Kiroro(キロロ)

Kiroroは中頭郡読谷村(なかがみぐんよみたんそん)出身の
女性デュオ。kiroroという言葉は、旅行先の北海道で知った
美しい地名からとりました。アイヌ語です。

キロロ

玉城千春(たましろ ちはる)1977年4月17日生まれ。(写真右)
 ボーカル担当
金城綾乃(きんじょう あやの)1977年8月15日生まれ。(写真左)
 キーボード担当



Hearts Grow (ハーツグロウ)

ハーツグロウ

沖縄県の北部・本部町(もとぶちょう)在住の、平均年齢20歳の6人組バンド。

地元沖縄の県立本部高校の裏手にある「あじさい音楽村」という音楽事務所に、
高校時代から集まった仲間同士で2004年に結成しました。



ji ma ma (じまま)

jimama
公式サイト

ji ma ma(ジママ)は、沖縄の方言で「わがまま」という意味です。
以前はユニットで活動していましたが、現在は宮平照美がソロアーティストとして、地元沖縄を拠点に音楽活動しています。



与世山澄子(よせやますみこ)

与世山澄子

視聴できます
視聴にはReal Player が必要です。ダウンロードの方法はこちら

16歳でジャズ界にデビュー、1957年にボブ・ホープとレス・ブラウン楽団と共演しました。72年の本土復帰まで米軍基地のクラブでフルオーケストラを率いて活躍していました。

20年ぶりにレコーディングした「Interlude」は、日本の一流ジャズミュージシャンが彼女の経営するジャズ喫茶、インターリュードに集合してそこで録音されたそう!!



オールジャパンゴイス

糸満市の高校のクラスメートを中心に2001年に結成。
2007年4月25日にデビュー曲「ワーニバル」で
メジャーデビューする8人組バンドです。
オールジャパンゴイス


公式サイトはこちら


apparest.jpg
沖縄限定版CD「アッパレスト」
管理人は、ドライブのときにはいつも「夏の風」を聞いてます。

「オレンジレンジ」のメンバーが彼らのインディーズでのライブを見て、
所属事務所のスタッフに推薦したのが、メジャーデビューのきっかけとか。

すでに沖縄では数々のCMソングを歌っている実力派です。



BEGIN(ビギン)

石垣市出身の3人組からなるアコースティックバンド。
所属事務所は福山雅治やサザン・オールスターズが所属するアミューズ。


ビギン

メンバーは、
比嘉栄昇(ひが えいしょう)、ボーカル担当。
島袋優(しまぶくろ まさる)、ギター担当。
上地等(うえち ひとし)、ピアノ担当。



下地勇(しもじいさむ)

下地 勇(本名同じ)1969年10月8日生まれ。
宮古島市出身の歌手。
下地勇下地勇オフィシャルサイトより

ミャークフツ(宮古方言)の歌詞を、ブルースを始め、
レゲエ、フォルクローレ等の幅広い音楽にのせて歌います。

2002年8月にリリースされたシングル「我達が生まり島」(ばんたがんまりずま)は、3か月で7,000枚を超すセールスを記録。
同年12月のアルバム「天?tin?」のセールスも1万枚を超えました。

FM沖縄で「下地勇のぴっチャージタイム」(毎日曜日19:30)に出演中。