国内外でも活躍

大島保克(おおしまやすかつ)

大島保克(おおしまやすかつ)は、1969年石垣島生まれ。

大島家は、祖父や父は島の有名な三線弾きで、母方は安室流師範の家系という音楽一家です。代々「ひばり」(歌が得意の意)の屋号で呼ばれていたそうで、幼いころから島唄に囲まれて育ちました。

八重山高校に進学すると、郷土芸能部の仲間と「ゆらてぃく組」を結成し、八重山のうたや踊り、村遊びなどの公演活動をはじめます。

高校を卒業すると上京し、ソロアーティストとして活躍します。八重山民謡を謡うアルバムのほか、オリジナル曲も多数発表しています。

特に2005年に発表したアルバム「島めぐり Island Journey」は、UAやKiroroの金城綾乃、サックスの坂田明、アイルランドのバンド・アルタンなどを迎え、現代風にアレンジした古典民謡を歌っていますが、大島のアーティストとしての実力が証明された作品です。

国内のほか、海外でもコンサート活動をしています。

大島保克妹に薦められて買ったアルバム「我が島ぬうた」。とにかく歌の上手い人!
コテコテの民謡で歌詞の意味も不明なのに、聞いていて心地よいから不思議です。

公式サイトへどうぞ。




高良仁美 (たからひとみ)

高良仁美海洋博公園を通り過ぎると小村、備瀬で、ピアニスト高良仁美は生まれ育ちました。並木林を抜けると、一気に青い海が広がります。その風景が表現者としての自分の原点だと感じています。

高良仁美は、武蔵野音楽学園武蔵野高等学校を経て同大学を卒業しました。在学中から数多くの音楽祭などに出演。伴奏、室内楽においては定評があり、国内外のアーティストとの共演から、「豊かな感性で音楽的に融合できるピアニスト」と高い評価を得ています。

オーケストラプレイヤーとしてピアノ、チェンバロ、チェレスタを演奏するなど幅広く活動しながら、一方で、ソロリサイタルも意欲的です。

とりわけ沖縄出身の作曲家金井喜久子の曲をメインに、アルバム制作やリサイタルも行っています。金井喜久子は、日本女性として初めて交響曲を作曲しましたが、沖縄音楽の粋を集めた曲も数多く残しています。
「沖縄で生まれ育った自分だからこそ表現できる」と、金井の作品に向き合いながら、ベートーベンもじっくり弾きこんでいます。

正統派クラシック音楽から沖縄音楽まで、幅広く表現できるのが、ピアニスト高良仁美の大きな魅力でしょう。



高良結香(たからゆか)

高良結香那覇市出身。ミュージカル女優・シンガーソングライター。
沖縄クリスチャンスクールに通いながら5歳からバレエを習い、高校卒業後はヴァージニア大学でダンスを学びました。

その後、ニューヨークでジャズダンスを教えながら、ミュージカルのオーディションを受け続けます。そしてついにブロードウェイの舞台で主役を演じるチャンスをつかみました。それが、2001年に上演されたミュージカル「Mamma Mia」。

以後ブロードウェイのアジア人女優の中でもずばぬけた実力を発揮、2006年、ミュージカル「コーラスライン」で主役クラスの役を射止めました。

歌唱力には定評があります。力強さと繊細さを持つ歌声に、バツグンのリズム感があり、バラード、ロックやR&Bなど歌いこなせるレパートリーは広いです。

2007年1月、琉球放送で高良結香がブロードウェイで活躍する様子を描いたドキュメンタリーが放送され、多くの反響がありました。

公式サイトでは、N.Y.ブロードウェイでの活躍の様子が描かれています。



安室奈美恵(あむろなみえ)

安室奈美恵安室 奈美恵(本名同じ) 1977年9月20日生まれ。

日本人とイタリア人の両親を持つ母親のもとに生まれます。小さい頃からジャネット・ジャクソンの大ファンで、歌やダンスに興味を持ち始めました。

小学校4年生の時に、沖縄アクターズスクールの門をたたきますが、授業料が高くて断念、でもマキノ正幸校長に見込まれて、異例の特待生としてスクールに入学しました。

以後、週3日、バス代を節約するために片道1時間半の距離を歩いてレッスンに通い続けたことは地元では有名な話。
1992年、自身が中学生の時に5人組グループ「スーパーモンキーズ」のメンバーとしてデビューしました。当初はヒット作に恵まれませんでしたが、『TRY ME 私を信じて』がヒット、ユーロビートのカバーも成功しました。

小室哲哉氏との出会いは、1993年ごろ。
当時まだ無名だった安室が出演していたCMを見た同氏がアプローチをかけたことがきっかけでした。1995年にエイベックスへ移籍。

移籍後はソロシンガーとして活躍、特に小室哲哉プロデュースの楽曲でミリオンセラーを含むメガヒットを連発し大ブレイクしました。
当時の10代の歌手としての記録を次々と塗り替えました。

若者のファッションリーダーにもなり、マネする女性を“アムラー”(茶髪ロングヘアー・ミニスカート・細眉・厚底ブーツなど)と呼び、1996年の流行語にもなりました。

自身が学んだ沖縄アクターズスクールも注目を集め、沖縄出身アーティストの先駆けとなるなど、その人気は社会現象となりました。

人気絶頂期の1997年(当時20歳)に、TRFのダンサーSAMとの結婚を発表し妊娠3ヶ月であることも明らかにしたときは、大きな驚きとして報道されました。

長男を出産し1年間の休業を経て復帰した直後に、最愛のお母さんを亡くす悲劇に見舞われました。
そして2002年にSAMと離婚、現在はシングルマザーでもあります。

2001年に小室哲哉プロデュースから離れて以降、R&B・HIP HOP志向の曲をリリースし、海外のプロデューサーによる作品を発表したり、自ら作詞を手がけるなど新しいことにチャレンジ中。

MTV Video Music Awards Japanでは、史上初の4年連続受賞の快挙を達成しました。

とくに2004年に、憧れのジャネット・ジャクソンがサプライズアーティストとして登場したときには、安室がプレゼンターとしてジャネットに特別賞(インスピレーション・アワード)を手渡し、ステージ上で安室&ジャネットの豪華2ショットが実現しました。

アジアを中心とした海外でも人気は高く、台湾・韓国などでもライブツアーを行っています。

公式サイト