嘉手苅林昌 (かでかるりんしょう)
大正5年(1916)、越来村(ごえくそん)(現在の沖縄市)
で生まれ、1999年に亡くなりました。
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民謡界で「オトー」といえば嘉手苅林昌のことです。
沖縄の心を自由闊達に歌い、戦後の混乱期、すさんだ沖縄人の心を歌で支え、全国的にも沖縄音楽、
特に民謡ブームの旗手として常に先頭にたった人物でした。
9歳の頃に母親の影響で三線(さんしん)を弾き始めました。
尋常小学校を3年で自ら「卒業」、16歳のときに大阪の製材工場で働いた後、沖縄に戻るも南洋移民となり、遠くトラック諸島まで放浪の旅にでました。
現地で軍隊に召集され復員後、郷里に戻ると戦死した思っていた息子が帰ってきたのを喜んだ母は、
1週間カチャーシーを踊り続けたそうです。
その後、沖縄の島々浦々を芝居の一座とともに旅して回り、録音したシングルレコードは100枚以上、
アルバムも30枚を超えます。
同じ歌であっても、毎度聴くものを感動させる即興の歌人でもありました。